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広島高等裁判所 平成元年(う)230号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人桂秀次郎、本田兆司連名作成の控訴趣意書および弁論要旨記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官野田義治作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

(訴訟手続の法令違反の控訴趣意について)

所論は、本件における被害者Aと被告人とは、Aの妻が被告人の実妹であることから親族の関係にあるので、詐欺罪は親告罪となるところ、右被害者は本件詐欺が行われたという昭和五九年五月一七日の直後から被告人に騙されたとの認識があったのであるから、昭和六一年一月二九日司法警察員に対してなされた告訴は、告訴期間経過後のものとして無効である。したがって、本件起訴は訴訟条件を欠く結果公訴提起の手続が無効として公訴棄却の判決をするべきであるのに、これをしなかった原判決には不法に公訴を受理した訴訟手続の法令違反があるというのである。

そこで、この点について検討するに、記録中の関係証拠によると、Aが金二〇〇万円を被告人に渡した当夜、被告人はAに対し「今晩持って行くから、領収を持ってくる。」などと言っていながら、その後Aから被告人やその妻に催促しても暖昧な態度に終始するので、昭和五九年六月ころには、ひょっとしたら騙されたのではないかと不審に思いながらも、前記金員授受のおり、被告人から「Bは娘のために金が要るので土地を売るが、Bからは土地も借りとるし、折角のええ話が崩れるから一切内緒にしといてくれ。」などと聞いていたことから、Aとしても、田舎のことであるだけに、娘のため金策するのに土地を手放すことは他人に知られたくはないこととして理解できたし、また、被告人が持ってきた売り買いの話を、同人の頭越しに直接売手の者に確かめることも仲に入った者をいかにも蔑ろにする気がしたことや、更には若し売手が確かめて違っていた場合には義兄に恥をかかす結果となることから昭和六〇年一二月に至るまで直接売手とされるBには、被告人が持ち掛けてきたB所有の土地を売却する意向の有無を確認しなかったもので、この時、Bから被告人が言うような話を同人にしたことはない旨を聞いて、初めて被告人から騙され金二〇〇万円の詐欺被害にあったことが確定的にわかったものと認められるから、Aが昭和六一年一月二九日に司法警察員に対してした告訴は適法な告訴期間内になされたものといえる。論旨は理由がない。

さらに、所論は、原判決が犯罪事実認定の証拠とした被告人の検察官、司法警察員(三通)に対する各供述調書は、被告人が犯人であるとの予断をもった捜査官が、その弁解を全く聞き入れず、「証拠もある。嘘をいうな。」と大声で怒鳴ったり、机を叩くなどし、「嘘を言うと逮捕するぞ。新聞沙汰にするぞ。」、「認めないと、女房も共犯にするぞ。」などと被告人に心理的圧迫を加えた結果、当時娘の結婚式を間近に控えていた被告人が自白したものであり、かかる強制的、脅迫的取調べによる自白を証拠とした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるというので検討するに、この点については、既に原判決が「被告人の捜査段階における自白調書の任意性及び信用性」として判断するところであり、当裁判所もこれを正当として是認するものである。

(事実誤認の控訴趣意について)

所論は、原判決は、被告人が昭和五九年五月一七日にAとその妻から土地売買の手付金名下に二〇〇万円を騙取したと認定したが、被告人はかかる手付金を受け取ったことはないから、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり、被告人は無罪であるというので、所論に鑑み記録を調査して検討するに、原判決挙示の証拠によると、原判決が認定した事実を十分認定でき、当裁判所もこれを正当として是認するものであり、当審における事実取調べの結果によっても前記認定を左右するに至らない。

なお、若干補足して説明する。

所論は、Aが妻C子を介して被告人に渡した金二〇〇万円がAのいうように土地売買代金四五〇万円の手附であるとするなら、通常の取引事例からみても高額に過ぎるばかりか、それだけの手附を支払いながら売買契約書の作成さえしないのも不自然であるというが、手附は売買代金の内払いの性質も帯びるのであり、仲介する者が妻C子の実兄であることや、売手が地元の人であるばかりか目的物件も自己がスキー場用地として借用している場所であること、当時A夫婦と被告人の仲も未だ対立関係にはなかったこと等が関係証拠により認められるから、これらの事実からすれば、前記二〇〇万円が手附であるとみることになんらの妨げとなるものではない。

また、被告人からB所有の土地売買の話を持ち掛けられて前記金員を手附として交付したものなら、Aは昭和五九年一二月のうちにスキー場を経営していた甲野開発株式会社の代表者に就任したのであり、その後は土、日曜日にはスキー場に来て被告人とも再々顔を合わせているのに、この話が持ち出されなかったのは、元々かような話がなかったからであるともいうが、このころにはAも被告人が支払いに困窮していること、ひょっとしたら被告人に騙されて金二〇〇万円を渡したのではないかとも思っていたこと等が関係証拠から明らかなので、右のような話をAが被告人に対し持ち出さなかったからといって格別異とするにあたらない。

被告人は、本件は、Aが自己をスキー場の経営から排除しようと画策し、その一環として単なる金二〇〇万円の貸借関係にすぎないものを詐欺被害にあったと殊更に事実を歪曲して、刑事問題化したものであるから、かかる意図にでたA夫妻の供述には矛盾があり信用できないとし、関係箇所を指摘してもいるが、原判決における補足説明や、記録中の関係証拠からも明らかなとおり、本件は告訴が端緒となって公訴提起に至ったもので、しかも、告訴がなされた時期の前後にはAと被告人の間にはスキー場内の食堂への立入り、同建物での営業妨害禁止を求める仮処分申請も裁判所に係属していたことが認められるが、かかる背景事実を考慮に入れ慎重に検討しても、本件詐欺の成否に関してはA夫婦の供述は大筋において十分に信用できるものであり、当審公判廷における証人Aの尋問結果から明らかになったAが被告人を敢えて告訴するに至った経緯もこれを補強するものといえる。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用については同法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 相瑞一雄 平弘行 裁判長裁判官村上保之助は転補のため署名押印することができない。裁判官 相瑞一雄)

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